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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1074号 判決 1961年12月26日

控訴人 中野一雄

被控訴人 山際米蔵

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し昭和二七年四月一日付売渡人中野一雄名義の原判決添付別紙記載と同旨の土地売渡書は真正に成立したものでないことを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張証拠の提出援用認否は、

控訴人の方で、

被控訴人と控訴人間の神戸地方裁判所洲本支部昭和二九年(ワ)第六一号貸金請求事件は現在なお上告審に係属中であつてこれにつき未だ確定判決は存在しないのであるからその当事者は誤つた判断をした第一、二審の判決を上告審において是正せしめるためにはあらゆる手段方法を自由に講じ得べきである。右事件について第一、二審裁判所は原告たる本件被控訴人が甲第一号証として提出した土地売渡書の成立を認めこれを証拠として被告たる本件控訴人敗訴の判決をしたので控訴人から上告の申立をしたのであるが、上告審においてはもはや右甲第一号証の成立の真否に関し事実審理は行はれず控訴人においてその偽造である事実を立証して第二審の判決を覆えす余地がなくなつたので、本件証書真否確認の訴によつて前記甲第一号証の書面の成立の不真正を確定しこれによつて前記上告事件につき適正な判決をなさしめるよう上告審における当事者として協力義務を尽そうとするものである。また訴訟につき法律上第一審から第三審までの審級が認められ更に再審の手続まで定められているのは、飽迄真実を探究し真実に合した裁判のなされることを目的としたものと考えられるから、訴訟手続がいやしくも適法である限りはこれに基いてなされた第一、二審の裁判は後日に至つて事実判断の誤謬が判明しても上告審においてこれを是正する余地がないとするのは訴訟法規の不当な誤解であつて、上告審に係属中の事件についても第一、二審裁判所による事実判断の誤りを是正する途は開かれるべきである。

控訴人は原判決添付の別紙記載の土地四筆を従前通り耕作占有しているのであつて、被控訴人が控訴人に対して右土地の引渡を求めたり、右土地の所有権移転登記手続をすることを求めたり、その他右土地の所有権が被控訴人に帰属する趣旨の主張をしたことはないが将来被控訴人が右主張をする虞もあるので本訴請求に及んだのである。と述べた外原判決事実記載と同一であるからこれを引用する。

理由

原判決添付の別紙に記載した内容と同旨の控訴人作成名義の土地売渡書と題する書面(以下本件書面と略称する。)が民訴法第二二五条にいうところの法律関係を証する書面に該当するものであることはその記載文言自体に徴して明かである。そして同条所定の証書真否確認の訴について必要とせられる確認の利益が存すると認められるのは一般的にいえば、当該書面の記載内容自体によつて直接表現せられている具体的権利若しくは法律関係が、原告の有する権利その他法律上の地位に関し現存する不利益不安定の法律的原因となつている場合である。本件についてみれば、本件書面の記載内容自体によつて直接証明せられる現在の権利若しくは法律関係と目し得べきものは、控訴人が被控訴人に対して昭和二七年四月一日に洲本市上加茂字蓮池三一八番の土地六畝一二歩、同所三一九番の二の土地九歩、同市下内繕字大坪二一四番の土地一反六畝二六歩及び同所二二七番の土地二六歩を売渡す契約をなし被控訴人から右の代金として金九万八〇〇〇円を受取つたことにより、被控訴人が現に右四筆の土地の所有権を有すること若しくは被控訴人が控訴人に対して右土地所有権を移転すべきことを目的とする債権を有し控訴人において右債務を負担するものであるということに外ならないと解せられる。従つて控訴人より被控訴人に対する関係において本件書面の成立の不真正を判決をもつて確定するについての利益となすべきものは次のような事情であると認められる。すなわち前記四筆の土地に対する所有権が前記売買契約を原因として現に被控訴人に帰属し、被控訴人が控訴人に対し右土地の占有の引渡及び登記簿上の所有名義の移転をすべき旨の請求権を有すること若しくは右売買契約に基き被控訴人が控訴人に対して前記四筆の土地所有権並びに土地の占有及び登記名義の各移転を請求し得べき債権を有することが現に控訴人の権利その他の法律的地位の不安定を招来した直接の法律上の原因をなしており、本件書面の成立の不真正が確定判決の既判力をもつて確定せられることによつて被控訴人において将来に亘りその真正を主張することが法律上許るされないことになればその結果として惹いては前記四筆の土地に関する前示のような被控訴人の権利もその主張を維持する根拠を缺くようになるという事情が存在することである。ところが控訴人が本件書面の作成日付である昭和二七年四月一日以前から現在に至るまでの間引続き所有者として前記四筆の土地を占有耕作していること、被控訴人が控訴人に対して右土地の引渡若しくはその所有権移転登記手続の履践を請求するとか、その他右土地の所有権が被控訴人に帰属することを主張したという事実は何もないことはいずれも控訴人の自認するところであるが、控訴人は被控訴人において右所有権等の主張をなす虞があるとも主張するので、果して被控訴人の側に、今後四筆の土地に関する前記のような内容の権利を主張することが蓋然的なものとして予測される態度や行為が現に既に存在しているか否かを検討するのに、成立に争のない甲第三、第四号証及び乙第一号証、原審における証人柏木位七郎の証言、原審における控訴人及び被控訴人の各本人尋問の結果を総合すれば、控訴人と被控訴人間においては昭和二四、五年頃以来被控訴人を貸主として数回に亘る金銭の貸借をし、被控訴人から右貸金弁済の担保の提供を求められて控訴人がその所有田地の一部を担保として供与することに同意したこと、被控訴人の方では控訴人に対する昭和二七年三月末頃の貸金九万八〇〇〇円につき売渡担保として前記四筆の土地の所有名義を控訴人から移転を受けたものとして本件書面を作成したこと、これに対し控訴人が右金九万八、〇〇〇円の貸借を争つてその弁済をしなかつたので被控訴人から控訴人に対して神戸地方裁判所洲本支部昭和二九年(ワ)第六一号貸金請求の訴を提起したことが認められ、右訴訟事件においてその第一、二審とも被控訴人勝訴の判決がなされたが控訴人の上告によつて右事件はなお上告審に係属中であることは当事者間に争がない。そして右認定の事実、右争のない事実及び弁論の全趣旨を考え合はせるときは、前記訴訟事件がその第一、二審の判決のとおり将来被控訴人の勝訴に確定するならば被控訴人においてこれを執行することが予測されるのであり、更に前記四筆の土地に関してまで権利を主張する意思は有していないことは容易に推認せられるところである。右訴訟の終局を待たず、若しくはその結果の勝敗のいずれとなるかを問はずにやがて被控訴人が前記土地に関する権利を主張する態度に出ることを蓋然的に予測せしめるに足りるものと解すべき徴憑事実はこれを認めるべき証拠はない。もつとも前記別訴事件に関する叙上認定の事実より推せば、右事件につき被控訴人において結局敗訴するに至ることがあれば控訴人に対して改めて前記四筆の土地に関する権利の主張をすることも有り得べきことが認められるけれどもなお未必の域を脱せず単なる可能性にとどまるのであつて本件確認の利益を基礎づけるに足りないものと認められる。

なお前記訴訟事件につきその第一、二審の訴訟手続において被控訴人がその主張の消費貸借成立の証拠として本件書面を甲第一号証として提出し、第一、二審裁判所がいずれも甲第一号証の成立を認め控訴人敗訴の判決をなし右事件はなお上告審に係属中であることは当事者間に争がないけれども、本件書面が右訴訟については、係争事実である金銭消費貸借の成立に関する間接的証明の方法として提出せられたのにすぎないことが右訴訟における請求の内容及び本件書面の前記のような記載内容に照らして明かであるから、右訴訟における甲第一号証の成立に関する受訴裁判所の判断とか右訴訟の結果の如何は本件書面に関する民訴法第二二五条の訴につき確認の利益の存否を決する標準とはなし難いものと解せられるのであつて、原判決理由記載の大審院判決(大審院昭和一八年(オ)第五五六号、昭和一九年一月二〇日判決)は本件に適切でなく、また前記訴訟事件についての第一、二審判決に示された受訴裁判所の甲第一号証の成立の認定の誤謬を主張しその成立の認定を覆えし上告審において控訴人に有利な結果を得るために本件書面の真否の確定を求めるという控訴人の主張も到底本訴における確認の利益を基礎づけるに足りる主張とすることはできない。蓋し具体的な訴訟事件につきその受訴裁判所がした判断は証拠に関するもの、請求の内容である実体的法律関係の存否に関するものその他手続及び実体的関係に関する如何なるものであつてもその変更是正は訴訟指揮に関する裁判のようにこれをなした当該裁判所において自らその取消変更をすることができる旨定めた法律上の特別の規定のある場合を除きすべて控訴、上告、抗告、再審等法律の定める不服申立の手続に従つてのみなし得るものであつて、別訴をもつて独立してその変更を求めることは許るされないものであるし、前記訴訟において甲第一号証たる本件書面の成立が認められこれを証拠として控訴人が敗訴の確定判決を受けるとしてもこれにより控訴人に生ずべき不利益は本件書面の内容をなす前記のような権利関係を原因として法律上控訴人に生ずべき不利益ではなく、金銭の一定額の支払という事実的経済的な不利益にとどまるものと認められるからである。

そうすると控訴人は本件書面の真否について訴をもつてその確定を求めるに足りる法律上の利益を有しないことが明かであつて控訴人の本訴請求は訴訟要件を缺く不適法な訴として却下すべきものであり、これと同趣旨の原判決は相当で本件控訴は理由がないから同法第三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎寅之助 山内敏彦 日野達蔵)

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